2019年3月31日日曜日

No.25 堺市から本が届いた! 2月にあった、もう一つのうれしい出来事 

明日で3月が終わる。2月にあった、もう一つのうれしい出来事のことを書いておこう。自宅から車で約10分、普段利用している二丈館(ほんとうは二丈図書館といいたいところだが、糸島市には本館の他、もう一つの分館、志摩館がある。)では、いつも制限いっぱい10冊までの本をリクエストしている。予約・リクエストしていてありがたいのは、本が用意できると、すぐにメールで知らせてもらえることだ。

これまで二丈館で利用してきた本の大部分がリクエストをした本だ。たとえば3冊の本が用意されると、すぐに3冊リクエストをしている。リクエストする本のほとんどが図書館で所蔵していない本なので、用意された本は、図書館で新たに購入したものか、他の図書館から相互貸借により借りて頂いたものだ。

リクエストの本を借りに行った2月のある日、カウンターで係の人から「この本は、・・・日までに返却してください」と、返却日を指定して言われた。通常の2週間の貸出期間より短いようだった。どうしてだろうと、相互貸借の本にいつもかけられるカバーをはずして見ると、その本の裏表紙だったかに、堺市立中央図書館と記されたバーコードが貼ってあり、同館の住所と電話番号も記されていた。
ワーっと思わず小さな声をあげていた。「ヤット、来タ! 市民は読みたい本、必要とする本を、だれでも借りれるんだ、ほんとうに。」(心の中でつぶやいていた。)

糸島市立図書館での相互貸借=市外の図書館との本の貸し借り・・・これまでは

糸島市の図書館では、昨年の3月末まで、リクエストされた本で、相互貸借で他館から借りるのは、福岡県内の図書館と国立国会図書館の本に限られていた。県外の図書館からの借受けは、予算がない、切手代がないことを理由にできないでいた。

このため、昨年1月の市長選挙の時に、糸島市の図書館を考える市民の会が、市長選挙に立候補したお2人に、公開質問状を提出。『糸島市立図書館のサービス基本計画』の中の「サービス方針」の第1に掲げている「糸島市立図書館は、いつでも、どこでも、だれでも、どんな資料でも提供するをモットーに」とあるが、「なんでも」については、「現在、糸島市の図書館では、他館からの借用は、県内の図書館と国立国会図書館からに限られています。これについてはどのようにお考えですか。」と質問したのに対し、

当選した現、月形市長の回答は、『「なんでも」の観点から、借りれるように予算措置をする。』であった。こうして昨年の4月から、県外の図書館との相互貸借が実現していた経過があり、私が堺市立中央図書館の本を手にすることができたのだった。

日本で最初にリクエス・サービスを始めたのは 

かつて高知市民図書館が掲げていた図書館のスローガン(目標)「いつでも」「どこでも」「だれでも」に「なんでも」を加えて、日本で初めてリクエスト・サービスを始めたのは、1965年に開館した東京の日野市立図書館だ。1台の移動図書館「ひまわり」号の運行開始から始められた日野市立図書館の実践は、これより後の日本の「公共図書館の理念と活動に大転換を与え」、今日の図書館の活動の源流となっている。

1965年に日本で初めて日野市立図書館がリクエスト・サービスを始めてから実に54年後に糸島市図書館でようやく実現したことになる。なぜ50年をこえることになってしまったのだろう。そのことを問うことは、今これからの糸島市の図書館を考える上で大切な要点だと思う。そのことについては次回のブログで考えてみたい。

最後に堺市立図書館から届いた『歌集 褐色のライチ』(鷲尾三枝子 短歌研究社 平成30.1.18)からノートに書き写した短歌の中から、そのいくつかを記しておきたい。

(ライチをむけば)

・話したき言葉あふれる黄昏の身体(からだ)のままに引きかえしたり

・うつし世の日々ふかくなる嘆き聴くもも色の耳角度かえつつ

・素数のごとく雲はぐれる秋はきて自死三万を超すという国

(夢の島と猫)  《猫と著者に従いて夢の島へ》

・ふっくらと太りたる猫五、六匹先達として夢の島をゆく

・この冬を生まれし子猫か従きて鳴くなにもないよと両手をひろげる

・展示館へは一本の道ユーカリやくぬぎ戦げど人に遇わざり

身体(からだ)張りひっそりと在り五十年第五福竜丸に会いに行く

・福竜丸は海恋しいとマリーナの港の響きににおい立つかも

・晒さるる船のいたみよそっと手をのばし木肌の船底に触る

 当時二十ハ歳だった見崎(みさき)吉勇漁労長、入院中の手記。
 二〇一六年、九十歳にて死去。

・包装紙の裏に書かれし闘病記三メートルのその強き文字

・闘病の手記の一行立ち上がる「人間はいつまでたっても満足しないだろう」

・張られたる福竜丸の大漁旗らんぬなれども色あせぬ朱

・ささやくように子に語りいる母若くわれと三人だけの展示館

・夕光が斜めに照らす足もとをモノクロの葉書かいて出でたり

・友からのメールは3・21のデモを知らせる行かんと約す

・往きに見し青猫いまだ瞑目すオオタニワタリの緑の真下

・無残に着られしアメリカデイゴのごつごつをのがれるように鳥が飛び立つ

・振り向けば長きわが影踏むように猫のつきくる お別れをせり

「あとがき」より

本集は『まっすぐな雨』につづく第三歌集、二〇〇四年春から二〇一四年秋までの作品、五十代半ばから六十代半ばまで。
《二〇一四年二月十日、夫急逝(歌集の準備にとりかかっているさなか)。草稿に目をとおし、簡単な感想と「構成をもう少し考えて、入れ替えをしたらもう一度見るよ」というアドバイスをくれたのが二月九日、なくなる前夜のことでした。全く予想もしない死でした。現実が、実感の遠いところでどんどん過ぎていくような数年でした。四年近くが経ってしまいましたが、当初まとめていたⅣ章までの作品に、挽歌としてⅤ章を加え、四四六首を『褐色のライチ』といたしました。 (略)
この数年の苦しい時間を、短歌は寄り添うように傍らにあったと実感しています。歌は思っていたよりずっとつよく私を支えてくれるものでした。 (略)
二〇一七年10月末日  鷲尾三枝子 》

五首追記

・雪は消えいつもの街にもどりたり あなたのいない街になりたり

・きみがもうこの世にいない理不尽がかたまりのようにのみどをふたぐ

(体温)

・老いたりし猫かもしれぬふりかえる眼の奥の白濁ふかし

・たましいをかんがえるのはずっとさき写真のまえにまた座るなり

・かたわらにありし体温おもいつつ金曜のデモに行かんとおもう

言葉のリレー・・・『ここが家だ ベン・シャーンの第五福竜丸』
  絵。ベン・シャーン   構成・文 アーサー・ビナード


2019年3月30日土曜日

No.22 風信子(ヒアシンス)文庫に本の出前の注文が! 産の森学舎のこと 

産の森学舎と さんのもり文庫のこと

ヒアシンス(風信子)文庫に本の出前の注文があったのは2015年の10月頃だっただろうか。文庫に本の出前の注文が舞いこむとは思いもよらないことだった。最初に出前の注文をしてくれたのは、文庫から車で10数分で、海と山が間近な佐波という集落の中にある`産の森学舎`というフリースクールだ。かつては牛舎として使われ、その後は納屋だったスペースの2階をスタッフが自ら改修して、2015年4月に開校、3名(小学1年生2人、4年生1人)で始まった小さな学校に4年後の今は22名が通っている。昨年4月からは児童2名の中学部も始まった。

スタッフは開校時の3人の子どもたちの両親である大松康、くみこ夫妻と西尾博之、昌子夫妻、それに隔週だが「おんがく」と「しぜん」の外部講師として河合拓司さん(ピアニスト/作曲家/即興演奏家)と野島智司さん(ネイチャーライター、興味深い「マイマイ計画」という活動を主宰)のお2人だ。《「くらし」と「あそび」と「まなび」をひとつながりで見つめ直す》ことから、体験・表現・対話などを大切にした、こどもも大人も成長する場作りを目指されている。

「しぜん」の授業を担当する野島智司さんの著書
「小学部では《5つの基本コンセプト》をもとに、授業や一日の流れを組み立てていきます」と、まずこの小さな学校の目指すものが掲げられている。

 1.からだ全体で学ぶ
 2.じっくり丁寧に学ぶ
 3.湧きあがってくるものを大切にする
 4.あそび、くらす中で学ぶ
 5.お互いに学び合う

小学部の1日の流れをみると、8時半から朝の会(「輪になって座り、話し合いや歌あそびをしながら大きな家族のような一日の始まり」)
9時から異年齢学級による2時間1コマの授業。『大人が自分の大好きな分野について、その面白さと「好き」を伝える時間。五感や身体性をともなうワークショップ形式の授業を主』とする。『子どもたちは、他者の「好き」の窓 を通じて世界と出会い、やがて自分自身の「好き」と出会います。』
(かつて吉田秀和さんが朝日新聞の「音楽展望」でだったか、「書くというのは自分(私)の好みを普遍化?すること」という言葉を思いだす。)

「授業の種類」を聞いて、驚いた。(こんなやり方があるのか)
・もじとかず
・美術
・音楽
・しぜん
・自学(「手づくり教材を使った自習時間」)

そうしてさらに驚いたのが、
11時から始まる、「食事の準備・食事」の時間。
ホームページの言葉をそのまま紹介したい。
食事の準備は学びの宝庫。地元の無農薬農家から直接届く旬の野菜と伝統的な製法でつくられた調味料を使って、当番の子どもたちが昼食の支度をします。その日ある食材を見て献立を考えるところからスタート」
(子どもたちが決める当番の決め方にも驚かされた。)

13時頃から始まる「自由活動」の時間の過ごし方にも目を見張った。
食後は、自分がどのように過ごすかを決められる時間。本を読む子、授業の続きをする子、ごっこ遊びをする子、お裁縫をする子、田んぼでボール遊びをする子・・・それぞれの時間を思い思いに過ごします。」
15時 「日記・帰りの時間」のあり方にも!!
「片付けを済ませたら、一日を振り返る日記をつけます。年度末などに読み返し、子どもたちが自分の成長を自分で見出す記録となります。」
15時30分 下校

《『好き』を通して 自分と向き合う  『好き』を使って 世界とつながる》を目指す
中学部についは、そのほんの一端の紹介にとどめる。
(興味をもたれた方は、下記の学舎のホームページをご覧ください。)

「中学部では《5つの基本コンセプト》に加えて、学びのサイクルをインプット(知識を得ること)ではなく、アウトプット(知識を使うこと)から始めるための《6つのアウトプット》を意識して、興味・関心のある事柄を自ら探求できる「自立した学び手」を目指します。」

よく考えられた《6つのアウトプット》の内容、それが単なるお題目ではなく、スタッフの一人ひとりが、自然体でしなやかに日々実践されていることに驚かされる。

1.問いを立てる
2.対話をする
3.デザインをする
4.探求する
5.協同する
6.表現する

食事の当番をふくめ、私自身子どもたちにまじって参加したいと思う時空がそこに広がっている。わたしが子どもだったら、なんとしても通いたい学校だ。

産の森学舎  http://www.sannomori.org/


さんのもり文庫のこと 風信子(ヒアシンス)文庫への本の出前の注文

産の森学舎では開校した年の11月、`さんのもり文庫`を開設、「ひとはこ本棚」(本棚10箱はスタッフの手製)に出展を呼びかけ、出展者のお気に入りの本を展示している。(現在では土、日を各2回の9日間)子どもたちの出展もある。風信子文庫にも声がかかり、1回目から毎回、本の出前をしている。

それぞれの「ひとはこ本棚」の上には、さんのもり文庫で用意されたA4の大きさの用紙がはってあり、そこには、

・・・・・・・・・・・・・さんのほんだな
・おしごと・じこしょうかい

・このほんをえらんだりゆう(テーマ、おきにいりのりゆう、どんなひとによんでほし
 いか、など)

・いつもほんをよむのは・・・(じかん、ばしょ、きぶん、りょうなど)

の欄があり、出展者それぞれの言葉が書かれていて、私にとっては出前先で、こんな本があるんだ!!と出展された本を見る楽しさだけでなく、本と人との出会いの生き生きとしたあり方が伝わってくる手書きの文字と対面するうれしい時間でもある。とりわけ子どもたちが一生懸命に書いたと思われる言葉に幾度となく惹き込まれている。風信子文庫が(その出前で)私に授けてくれた思いもしなかった贈り物だ。
また、`さんのもり文庫`の本がおかれている場所は、私が何度も頭をぶつける太い梁が低く部屋の中央に走っている小さなスペースで、子どもたちが本と出会う場としてこの上ない空間になっている。その場に身をおくだけで懐かしい時間が紬だされているように思われる。

さんのもり文庫への出前の本

さんのもり文庫に出前 2018.2.2
出前の本






2019年3月23日土曜日

No.20 糸島市公共施設等の管理計画〈素案)に意見を提出。公(おおやけ)とは、向こう側のものではなく、わたしたち一人ひとりのもの / パブリックコメント) 

 糸島市の広報1月15日号に、「糸島市からのお知らせ」として「糸島市公共施設等総合管理計画第1期アクションプラン〈素案)への意見募集」の記事が掲載され、募集期限は2月14日(木)となっていた。何人かの知人に知らせるとともに、私自身は期限日当日の時間ギリギリに市役所第2庁舎にある「糸島市公共施設マネジメント推進室」に持参した。もう一人の市民の意見書と共に公開します。

意見書にふれる前に

 これまで何度となく経験してきたことだが、その地域で暮らす人たちに深く関わる地域の在りように関する重要な決めごとが、その地域に住む大半の人が知ることなく決められて、そういう決定がされたあとになって、取り返しようのない事態に直面することだ。
その際の行政側の口上は、「市の広報等で市民へ周知をしている」「各種委員会や議会での審議をした上、決定、議決をしている。手続き上、問題はない」といったものだ。しかし、市民の大半にとっては、「その決定を天から降ってきたもののように、市民が知らないところで決められた」と実感的に受け止めている場合が少なくないように思われる。
(これにはたしかに市民の側からの関わりが求められるのであるが、実態としては市民の大半は知らない状態で、決めごとが行われていると受けとめられていると思われる。)

またそれらの動きを知り委員会や議会の傍聴にかけつけた市民が目にし耳にするのは、委員会や議会での審議にあたって、論議、審議の前提となるべきそれぞれの課題、議案をめぐっての委員や議員への情報公開、基本的な情報の共有がきわめて不十分であると思われることだ。私自身この12年間、各種の委員会や審議会、そして議会での質疑を傍聴してきての感想だ。具体的な事例については今後、追々書いていく予定です。

市町村の合併が行われた時には、合併後、それまでの町の名前がなくなったことに深いショックをうけた方に出会った。「ああ」と「取り返しがつかない事態が起きてしまったこと」に言葉にならない深い悲しみが伝わってきた。その人にとっては生まれ育つ時を何十年にもわたってともに生きてきた町の名前は単なる符号ではなく、その人の生きてきた記憶の苗床であり家族にも等しいものだと知らされた。

糸島で

集落の入り口にあたる美しい広々とした田畑に、ある日、工場誘致が行われると知らされる。あるいは井戸水がその地域のすべての人の生活水である地域で、いのちを育む水の水源ともいうべき山の頂き近くに残土処分場をつくるという。

あるいはまた、市と町の合併協議会(1市2町)で、合併後は図書館と公民館とすることが決まっていた旧町役場(3階建て)の転用について、合併後の新市になってから市では「庁舎活用検討委員会」を設置して、施設の3分の1に当たる2階部分を市の災害対策本部と市の職員の会議室にして図書館、公民館の全体のスペーを大きく削減し、図書館部分については、当初(2階の全てと、3階に2部屋の会議室があった。)より狭い開架スペースにした上、会議室もないものとしたことなど。

【情報公開で取り寄せた会議録によれば、図書館の担当課長である生涯学習課長の「図書館は1階すべてのスペースは必要ない」との発言で、1階は子育て支援センター(それまで3階にあった)との共用として、その分だけさらに図書館の面積を減じた。】

工場誘致以降の事柄は、私が滋賀県の図書館を退職して糸島に移り住んだ2007年(平成19年)前後以来に起きたことだ。その地域で暮らす人たちの日々の暮らしの在りように関わる重要な決めごとが住民の大半が知らないでいるうちに決められている。似たようなことが日本の各地で起きているのではと思う。
これらは近年、凄まじい猛威で各地に取り返しのつかない被害をおこしている地震や台風、集中豪雨などの自然災害とは違い、いずれも問題の要因は人にある。それらは天災ではなく、それぞれの問題を地域の人がどのように考え、対するかで、その帰趨が決まるということだ。

人の力では抗することができないと思われる甚大な自然災害に対して、被災した地で見られるのは、亡くなった人、被災した人、共々にその地で生きていくための力をつくしての取組みであり日々の営みだ。ましてやその地域の人たちの考えや行動で決められる、地域の人たち一人ひとりの暮らしのあり方にかかわる事柄については、行政任せではなく、一人ひとり、できる形での参与が大切だ。その関わりが地域の人がその地域に必要ではないと思うものを取りやめ、必要だと考えるものをみんなで作り出していく力を育むのではないだろうか。

「公共施設等管理計画」って何だろう。

国の動きから

私たちがいま、住み暮らす地域で、地域住民にある日、突然降りかかってくるかのように思われる問題も、その根っこをたどると、国の動きから始まっていることが少なくない。

国や自治体の財政状況がきびしい状況にあるなかで、高度経済成長期から多くの公共建築物及びインフラ施設(以下「公共施設等」という。)が作られ、公共施設等の老朽化に対する取りくみが求められるとして、2013年(平成25)年11月に老朽化対策の推進に関して関係省庁連絡会議がとりまとめた『インフラ長寿化基本計画』(「新しく造ること」から「賢く使うこと」への重点化が課題という認識の下に作成)が今回の問題の発端だ。


ついで2014年(平成26)年4月22日、総務省が地方公共団体等に対して公共施設の総合的かつ計画的な管理を推進するため速やかに「公共施設等総合管理計画」の策定に取り組むよう要請、その際、同計画策定にあたっての記載事項、留意事項をあわせて通知している。また、同日付けで県知事と政令指定都市市長宛ての「公共施設等総合管理計画推進について」(通知)には、その政策を進める意図が次のように記されている。

「公共施設の老朽化対策が大きな課題となり、厳しい財政状況が続く中、今後、人口減少等により公共施設等の利用需要が変化していくことが予想されていくことを踏まえ、早急に公共施設等の全体的な状況を把握し、長期的な視点をもって、更新・統廃合・長寿命化などを計画的に行うことで、財政負担を軽減、平準化するとともに、公共施設等の最適な配置等を実現することが必要、これにより地域社会の実情にあった将来のまちづくりを進める上で不可欠であるとともに、昨今推進されている国土強靭化(ナショナル・レジリエンス)に資するもの」であるとして、県知事に県内市町村に対して本通知を連絡しその趣旨を徹底するよう求めている。

また、国が政策を進める際の常套手段としている起債をこの度は『公共施設最適化事業債』として実施して、公共施設の総面積の削減を政策誘導している(2015~2017の3年間)。また、関連する起債として『地域活性化事業債』がある。
国土交通省では「公共施設最適化事業債を活用した先進事例」としてネットで公開している。図書館が庁舎と複合化した事例として、兵庫県伊丹市(図書館、児童館、集会施設と庁舎)や石川県七尾市(図書館、公民館、中学校と庁舎)を紹介、その他、福岡県内では飯塚市が小中一貫校。

こうした国の要請の結果、2018年(平成30年)9月30日現在、全国の自治体の99.7 %が総合計画を策定し、未策定団体は6団体となっている。(福島県/大熊町、双葉町、飯館村。東京都/中野区、青ヶ島村)

糸島市での取組み『糸島市公共施設等総合管理計画』の策定 計画のあらまし

糸島市ではこうした経緯を経て2017年2月に『糸島市公共施設等総合管理計画』を策定し、市民にパブリックコメントを求めている。
同計画は2017年度(平成29年度)~2060年度(平成72年度)までの44年間、4期の計画で、糸島市が所有及び管理する公共施設等(公共建築物及びインフラ施設)の全てを対象としている。また、公共施設等にかかる更新費用を算出し、公共建築物では1年あたり11.8億円不足することから、75%しか維持し続けることができない、インフラ(道路、橋りょう、上・下水道等)では1年あたり17億円不足するため、64%の量しか維持できないとしている。このため公共建築物では施設床面積の25%の削減が必要であると。

また昨年1月の市長選の大きな争点であった「市役所の新庁舎」と「多目的体育館(運動公園)」については、その新設が今回の総合管理計画に組みこまれている。公共建築物については30年で大規模改修、60年で更新としている。

本計画による取組として、
(1)基本理念
 豊かな糸島生活を次世代に継承するための公共施設マネジメント
 ~未来の糸島へ向けた質・量・コストの最適化~
(2)取組方針
  ①魅力の向上、安全確保:質の確保
  ②コンパクト化:量の削減
  ③運営の効率化:コストの削減
(3)基本原則
 ・公共建築物①量を減らす(総量削減)②組み合わせる(複合化)
 ・インフラ施設①長く使う(長寿命化)2費用を抑える(費用抑制)

以上の計画に基づいて作成され、広報(2019年1月15日号)で意見募集をしたのが
『糸島市公共施設等管理計画 第1期アクションプラン(素案)』だ。

私もそうであったが、この広報を見て市民の多くは、素案が作成されたことを初めて𠮟咤のでは。広報のこの号を見なければ何も知らないうちに事態が進むことになる。素案についてのパブリックコメント募集のことを、何人もの人と連絡をとりあったが、広報のこの記事に目を止めていた人はいなかった。

そういう私自身が、『公共施設等管理計画第1期アクションプラン(素案)』への意見募集の記事が掲載された同じページの下の欄に『糸島市コミュニティーセンター設置計画(素案)』の意見募集がされているのに、目を止めず見過ごしていた。その意見募集の締切が過ぎたあとになって、その内容を知り、『公共施設等管理施設』の問題に直接関わるものであることを知るありさまだった。

素案では計画期間は2060年度までの42年間とし、2031年度からは10年度ごとに策定するとして、この度は第1期(2019年度~2030年度)、12年間の計画案となっている。なお、第2期2031~2040、第3期2041~2050、第4期2051~2060年度である。
全ての公共施設等について個別に「現状と課題」「今後の具体的方向性」等が示されている。対象となる273施設のうち、第1期で廃止、解体される建物は、35施設。改修37,建て替え・新設は13,延べ床面積の削減率は2.13%となっている。志摩初地域の施設再配置事業と、現在の市役所新館を改修して「市民・人権センター(仮称)」とする事業を重点事業として位置づけている。解体、改修や建て替え・新設される施設の具体名を知れば、「その施設であれば、私も意見がある。」と考える市民が少なくないと思われる。

今回のパブリックコメントでは、図書館と公民館について以下の通り意見を述べている。  

パブリックコメント  意見回答

1.該当箇所 10ページ/ 4行目~11ページ
 (筆者注:下記に抄録)10ページ~11ページ
 「図書館」について
①対象施設
 図書館(本館)1,659.16㎡(築27年) 
 二丈館(分館) 994.03㎡(築20年)
 志摩館〈分館)1,422.06㎡(築37年)合計4,075.25部屋の
②現状と課題
 ・平成28年度から、「糸島市図書館サービス基本計画」に基づく本格的な3館体制に
 より、図書館サービスを提供しています。
③総合管理計画において定めたマネジメント方針(総合管理計画P.40 )
 【主な方針⇒適正規模・適正配置】
 平成28年度から本格的な3館体制を開始しており、利用状況を確認しながら、今後規
 模の適正化、適正配置等を検討する
④今後の具体的方向性
 本館  機能・建物 いずれも維持 2019~2030
 二丈館 機能・建物 いずれも維持 2019~2030
 志摩館 機能・建物 いずれも維持 2019~2030
・定期点検の実施や一定期間ごとの予防保全により、中長期的な視点でのコスト削減を
 図ります。
・老朽化による不具合については、その度合いにより、安全性、快適性を考慮したうえ
 で、重要なかしょから順次対応します。
・利用者の利便性向上と経費節減のため、指定管理者制度の導入を検討します。
・利用状況の把握に努め、規模の適正化や適正配置について検討を進めますが、第1期に
 おいては3館体制についての検証を十分に行うため,現状維持を基本とします。
5.延床面積の推移
 2019年3月31日時点 4,075.25㎡
 2031年3月31日時点 4,075.25㎡
 増減率 0.0%

意見・提案

「利用者の利便性向上と経費削減のため、指定管理者制度の導入を検討します。」とありますが、「指定管理者制度の導入」そのものに反対です。
(理由)1.糸島市では市立図書館の運営の指針として、『糸島市立図書館サービス基本計画』(平成25年11月)を定めていますが、同計画では、市民が「いつでも」「どこでも」「だれでも」「なんでも」利用できる図書館を目指すことを目標、指針として掲げています。現在、糸島市の図書館の最大の課題は、すべての市民が、どこに住んでいても、(「どこでも」)、「だれでも」利用できる全域サビス網を計画し実施していくことです。指定管理者制度の導入は、この「どこでも」「だれでも」というもっとも重要な課題を放棄して、現状の図書館サービスを基本的に変えることなく民間に委託するものだからです。
2.利用者にとっての図書館の魅力を生み出す最大のものは、責任を持って継続して経験を積み重 ねることで育まれる司書(専門職〉の力にあると考えます。おそらく5年契約で、給与、賃金等の労働条件が一層きびしくなると考えられる指定管理者制度では、職員の専門職としての力を継続的に育てていくことができません。(図書館は無料で利用できる施設ですから、「経費の削減」は、そこで働く職員の人件費の削減に直結します。市民にとっての最大の、そして何よりの利便性の向上は、全域サービス網の構築です。
  
2,該当箇所 7ページ/11行目~8ページ/「怡土公民館」の項まで

長糸公民館
取組方針 改修
取組内容 建築から30年を経過する2024、2025年度を目途に大規模改修を実施する。
     なお、改修の際は利用見込みの分析及び機能の見直しなどを行い、地域住民
     とともに最適な機能等を検討する。
建築からの経過年数 24年 改修時 30年
現施設の延床面積の推移 改修前 701.71㎡  改修後 701.71㎡
備考 2019年度は空調設備の改修を実施

雷山公民館
取組方針 改修
取組内容 建築から29年を経過する2022、2023年度を目途に大規模改修を実施する。
     なお、改修の際は利用見込みの分析及び機能の見直しなどを行い、地域住民と
     ともに最適な機能等を検討する。
建築からの経過年数 25年 改修時 29年
現施設の延床面積の推移 改修前 696.14㎡ 改修後 696.14㎡
備考 2024年に倉庫の改修を予定

怡土公民館
取組方針 改修
取組内容 建築から35年を経過する2021、2022年を目途に大規模改修を実施する。
     なお、改修の際は利用見込みの分析及び機能の見直しなどを行い、地域住民と
     ともに最適な機能等を検討する。
建築からの経過年数 32年 改修時35年
現施設の延床面積の推移 改修前 677.67㎡ 改修後 677.67㎡

意見・提案等
添付資料[①糸島市長選挙(2018.1.18)での月形裕二氏(現市長)の回答 ②「糸島市立図書館小学校区別利用状況、平成28年度]にあるように、市長は「すべての小学校区で、目標値である市民1人当たりの貸出を5.6をクリアすることが重要」と答えています。それを実現するためには、分館の配置や移動図書館の運行による全域サービス網の整備が欠かせないと考えます。とりわけ、長糸、雷山、怡土(いずれも2冊台)、東風こうくは極めて低い利用度となっております。公民館の回遊にあたって、分館としての図書室部分を増設すべきと考えます。このたびの総合管理計画では、延床面積25%削減が目標とされていますが、市民にとって必要不可欠な施設は、新たに作ることも考えての全体計画であることを望みます。(学校の改修時に増設という例も他市においてあります。)
【添付資料3.「市議会議員への公開質問状の回答」】

Kさんの意見回答 
1.該当箇所 11ページ /4行目
  内容は上記1.に同じ。

意見・提案等
指定管理の導入については、以下の理由で反対です。
①図書館は単なる「施設」ではなく、「司書」とい人要素で成り立つサービス機関、教育機関である。短期間の配属では司書は育たない。
②専門職の配置,養成に高いコストがかかるのは当然であり、コストカットばかりが強調されるのはおかしい。
③図書館単独法である図書館法第3条には、「図書館は、(中略)土地の事情及び一般公衆の希望に沿い」、奉仕を行うことが明記されているのに、それが保障されない。

2.該当箇所 11ページ/5行目
     内容は上記1.に同じ。

意見・提案等
「規模の適正化」「適正配置」はどういった項目で確認するのか知りたいです。10ページの表を見ると、二丈館は極端に延床面積が少ない。これは現在の図書館が合併時にできた2階の図書館より狭くなっています。当初約束された5年後は全て図書館になる計画が覆されたことに加え、現在も2階は災害対策室を理由に図書館の会議室も作られませんでした。2階は普段使っていません。これほどの無駄はないでしょう。図書館に開放すべきではないでしょうか。ワークショップ、会議室、上映会、コンサート、ギャラリー等に使用できると思います。図書館は子どもからお年寄りまですべての住民が生涯にわたり利用する施設で他の公共施設とは明らかにに違います。住民に利用されるように図書館に正しく経費を使うことで住民の利用率も確実に上がります。公共事業に使う金額は大きいですが、その金額の一部でも図書購入費に充てれば何千冊と新刊が買えます。雑誌のタイトル数も増えます。同じ本を何人もの市民が借りると税金の還元率も上がるでしょう。コストカットより費用対効果を。そして市民のニーズに適った図書館を作ることが施設を活かすことにつながります。

意見提出を終えていくつかの感想

・今回は図書館と公民館の一部についてしか意見を提出することができなかった。庁舎や運動公園等々についても、意見することがあったと考えている。とりわけ『糸島市コミュニティーセンター設置計画』については、『公共施設等総合管理計画』に直接関わることだった。(公民館をこれまでの教育委員会の所管から市長部局の所管にし、社会教育施設ではなくなる。名称の公民館をやめ、コミュニティーセンターに。平成年3月までに。)

・意見を提出して終わりではなく、それぞれの問題を注視していくこと。

・計画の第1期アクションプラン(素案)は総ページ吸うは156ページあり、目を通すだけでも時間がかかるため、市民同士が連絡をとりあい、それぞれに関心のあるものから、素案を考えていく取組みが必要だ。そのためにも、行政の動きを早くとらえ、その内容を普段から知らせ合うこと。

・「国の動き」のところで、2013年の『インフラ長寿化基本計画』の策定にあたり、「新しく造ること」から「賢く使うこと」への重点化の認識のもとに策定したとあるのを見て、いかにも官僚的な物言いだと思った。1991年3月以降のバブル経済崩壊に対し、国は大規模な経済対策として、地方に大型の公共事業をすすめたが、その際、公共事業の拡大を誘導するアメとして使ったのが「地域総合整備総合事業債」(「地総債」、1978~2001年廃止、事業費の6割以上を国が肩代わり)だった。特に1984年からは、「地総債」の特別分については「元利償還金の一部を後年度に地方交付税措置するもの」で、「有利な起債」事業ということで、「地総債」を使った「ハコモノ行政」が日本中を席巻し、全国各地に文化会館や体育館、公民館、美術館が作られた。(私が滋賀県で関わった能登川町立図書館、博物館も「地総債」を活用〉

「地総債」を活用する事業で問題であったのは、施設の建設にあたり、①「その施設が誰のための、何をするところか」を明確にして(基本構想・基本計画を自前でつくる)、施設の運営にあたっては、②その施設を運営するために必要な、館長を始めとする職員体制の整備を行い、③施設の事業を継続的に運営するための、財政的な裏付けを考えた長期計画のもとに、事業を行った自治体が極めて少なかったことだと思う。

とりわけ「ハコモノ」は作ったけれども、施設の維持管理費は地元負担であり、その運営を担うスッタフや恒常的な運営費が十分でない事例が多く、2001年には「地総債」は地域の主体性と財政規律を損ねるものとして廃止された。自治体に「有利な起債」と言っても、その原資は税金であり、国の借金を増やすものであったと言える。

先に述べた「新しく造ること」から「賢く使うこと」へと、いかにも滑らかな、そこになんら問題がないかのような言い方であるが、「有利な起債」によって、国の「経済対策」として、「ハコモノ行政」を全国で推進し、その地域にほんとうには適切でなかった公共施設をまきちらし、自らが行った施策の検証もせず、責任もとらず、そこから学ぶことなく、今度は「賢く使うこと」へとは。問題の端緒は「賢くつくること」から始めなかったことにある。

そこで問われているのは、その地域に本当に必要なものを長期的な視点に立ってつくっていこうとしない国の在り方だけではなく、国の行き当たりばったりの施策に対して、地域の現状と歴史を踏まえて、地域の明日の在りようを自ら考える自治体であるかどうか、行政任せにせず自ら考え提言する住民であるかどうかということではないだろうか。 

また、「地総債」の廃止直前の1999年(平成11年)から政府が主導した市町村合併【「平成の大合併」、1999年3232市町村(市670、町1994、村568)⇒2010年1727(市786、町757、村184)、市町村数は53%と半減】において用いられたのも、市町村に合併を促すためのアメとムチによる政策だった。本来、交付税は合併して規模が大きくなると、合併前の合計より少なくなる仕組みであるが、「合併特例法」により、合併後10年間に限って交付税を減らさないが、小規模自治体には、それまでの財政優遇措置を縮小し、合併しなかった矢祭町では最大で8億円の減となった。さらに政策誘導策として、「地総債」と同じように「有利な(?)起債」を用意する。「合併特例債」がそのアメで、合併に関連する「ハコモノ建設費」については、「特例債」という借金で建設するが、元利償還金の7割を国が負担(後年度交付税措置)するというものだ。そのアメとムチによる政策は市町村の数が約半分になる程の強力なしかけであったと言えるが、他方、そんな厳しい状況の中でも、国の策にのらず、合併を選ばない自治体が半数を上回ったとみることもできる。

1999年平成(11年)から2010年(平成22年)までの市町村数の大幅な減少は、合併前の半数近い多くの自治体が「合併特例債」により、なんと多くの「公共施設等」を建設したかということでもある。しかもその建設に当たっては、「地総債」を活用した施設の建設の際に見られた問題点から学び、その地域に本当に必要な、永続的な施設の建設、運営という観点から作られたものが極めて少ないのではないか。「合併特例債」により、合併前の旧自治体のすべてに同じような「公共施設」をつくり、合併の特例期間の10年が経ち、交付税が減額されて、施設の維持管理、運営費に事欠く事例や、特例債の上限近くまで「公共施設」をつくり、自治体負担である3割の建設費(国が7割を負担)が、その自治体にとって大きな財政負担となっている例など、国の誘導策にのって、自らよく考えることなくそれに従うと何が起きるかを指し示している。「合併特例債」によっても、施設を「賢くつくること」がどんなにむずかしいことであったかをあらためて思う。

このたびの「公共施設等総合管理計画」に対して、市として市民としてどのように向き合い考えていくか、その向き合い方によって、立ち現れてくる「公共施設等」の姿、在りようが自治体ごとに全く違うものであること銘記しておきたい。

・このたびのパブリックコメントではKさんと私の2人の意見を提出した。1人ではなく、2人となることで、市民の声がふくらみ、ひびきあうように思えた。一人の人の力を思う。こんどは3人の声を目指したい。