2022年9月18日日曜日

漆原宏さんのこと  No.96

昨日、漆原宏さんのご訃報をご夫人の美智子さんから知らされた。美智子さんによれば漆原宏さんは一年寝ついて 訪問看護を受けられていた由。9月15日朝方、千葉さん、大澤さん、伊藤さん達のおられる世界に旅立たれた とのこと。18日にご自宅から出棺、お「部屋には彼の写真パネルーーー彼らしい人生でした。」とのお言葉でした。 ーーーーー 「漆原さんから手渡されたもの、わたしの生涯にわたっての心の奥底にあって、いつも共にあります。美智子さんと のお二人の生活が始まると、(静岡から?)お電話いただいたときのしみじみとしたお喜びの声の響き、今も耳元 にあります。千葉治さん、大澤正雄さん、伊藤峻さんとの出会いと語らいの場をはじめ、(仙台の)扇元久栄さんを はじめ、どんなにかけがえのない方たちとの出会いを授かってきたか、愉しく厳しい学びの時を手渡されてきたこと か!ありがとうございました。あのように漆原さんの晩年の日々を灯りのように〔灯りとなって〕伴走された美智子 さんに心から感謝の思いを深くしています。」との言葉をお送りするのがやっとだった。ーーーーーーーーー 美智子さんと初めてお会いしたのは1987,8年の頃、「福岡の図書館を考える会」の「図書館の話の出前」の注文が 柳川の美智子さんからあり、考える会の若き2人の友人と3人で美智子さんたちを訪ね、その日はお寺で蚊帳をつって 泊めていただいたのだった。以後、「柳川の図書館を考える会」の要の人として、美智子さんの行動はめざましかっ た。心温かく明るくねばり強いふるまいで、福岡の図書館づくりを深く差さ手くださった。漆原宏さんが博多駅近く の記念会館図書室にひょっこりやって来られたのもその頃のことだった。それから随分時を経て、静岡?からのお2 人からの電話をいただいたのだった。漆原宏さん、千葉治さん、大澤正雄さん、伊藤峻さん、扇元久栄さん、その他 漆原宏さんから授かった出会いの一つについては他日に。

驚くばかりの ”ひょうたんランプ展〝 No.95

”どこにでもありそうな景色を描く女 ひとみ”さんの作品展 9月26日まで。 自宅から歩いて5分、龍国寺を訪ねたら、ほんとうにびっくりする展示が行われていた。 ひとみさんの絵を初めてみたのは1年前、龍国寺でだった。描かれている絵に驚いた。そこにある絵で ひとみさんが最初に描かれた絵は、私の家から坂道を降りて数分の所、小さな古墳の側の路から前方に 広がる田んぼと空、私が出かける時は必ずその路を通り、目にする、目にとびこんでくる光景が描かれ ていた。まさに”どこにでもある景色”が、私がはじめて目にする世界としてそこにあった。田んぼも わきたつような雲の様子も、ふだん見るともなく見ていた世界なのに、そこにあるのは目に映るものを 写真に写るように撮ったものではなく、田んぼの水面の光、雲間の光からは生きている世界、宇宙とい うか、いのちの世界がそこにあるように感じられ、なにか天と地から歌がきこえてくるかのようだった。 (あとから頭をよぎったのは随筆家岡部伊都子さんの”一刻一刻”というコトバだった。)ーーー さらに驚いたのは、その時、ひろみさんの絵は描き始めて1年ばかりのものだとお聞きしたことだ。1年 にして、このような絵が描かれるとは。ーーーーーー それから1年後、一枚一枚、一作一作、心を吸い込まれるような作品が展示された本堂の奥の一室に 明かりをけした暗い小さな部屋にそれはあった。ひとみさんが、一つひとつ形のちがうひょうたんに 描かれた作品が、一つひとつひょうたんの中の灯りを灯すごとに、一つひとつ絵と言うより、いのち というか、宇宙というか、コスモスやリンドウ、月下美人や月や星座が現れて来て、傍らで話してく ださるひとみさんのお話、言葉をきいていると、思わず宮澤賢治さんに見せてあげたいですね、との 言葉が口をついてでた。何とも天からの声が聴こえるような不思議なひとときだった。 部屋を出て、ひとみさんの言葉が記された柱の前に置かれた、私の手のひらにのせられる小さな小さ な作品、そこに広がるどこまでも広く深い世界と再び対面した。ーーーーーー 家に帰りつくと、副住職(若和尚と私は読んでいる)の甘蔗健仁さんから、このたびのお寺での展示 の懇切な案内がメールで届いていた。ーーーーーーーー  幻想的な「ひょうたんランプの世界」 ~カラヴィンカ龍石/どこにでもありそうな景色を描く女 ひとみ~ーーーーーーーーーーー 展示期間9月17日(土)~26日(月)9時~17時まで 会場・・・龍国寺(糸島市二丈波呂474)ーーーーーー 予約は必要ありません。23日∼25日はお彼岸で混雑が予想されます。乗り合わせをおねがいします。ーー (健仁さんのご説明)ーーーーー ①【カラヴィンカさんのひょうたんランプ】ーーーーーーー  石器時代から道具として活用し、人類最古の栽培植物とされる「ひょうたん」。タオイズムでは ”人間と自然”の調和の象徴とされています。この多忙な現代にひょうたんのある生活を提案しています。 〔そういえば、ひとみさんのお話をお聞きしているとき、カラヴィンカさん作のひょうたんステレオ?から 静かな音楽が流れ続けていた。〕ーーーーーーーーーーーーーーーーーー ②【ひとみさんのひょうたん絵画】ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ひとみさんの絵には展示会を観に行く度に驚かされますが、今回は世にも美しい『ひょうたん絵画』を展示 いただきます。ーーーーーーー「ひょうたん絵画は日々描いていくなかで学んだことや描くことを通して頂 いたご縁など色々奇跡が重なって生まれた作品です。」とひとみさんは話されます。ーーーーーーー 〈注意〉23日(金)秋分の日は檀家の方のお参りが大変多いと予想されますので、一般の方は午前中は 10時まで、午後は16時以降にご来場ください。どうぞよろしくお願いいたします。ーーーーーーー 必見です‼どうぞ、ひょうたんランプの世界へ

2022年9月15日木曜日

森崎和江さん 追悼展のお知らせ No.94

本年6月15日に、満95歳で逝去された森崎和江さんの追悼展「森崎和江さんからの贈りもの」 のご案内です。---------    森崎和江さんからの贈りもの  ー追悼展ー--------------------------------------------- 2022年6月15日、満95歳で逝去された森崎和江さん(1927ー2022) は、一人ひとりの読者に心深く刻まれるものを手渡されてきた方です。 森崎さんが歩んでこられた道から生まれ紡ぎだされた言葉、生き方から 読者一人ひとりがどんなに心凛とする、そして心温かくなるものを手渡さ れてきたかを思います。森崎さんから手渡されてきたもの、森崎さんから の贈りものを、あらためて静かに想う小さな場をと考えています。 ・森崎さんのご本と写真の展示と「森崎さんを語る」お話。------ ★展示 2022年9月1日(木)~10月31日(月) ポートレート:松崎佐奈恵さん 4点-------- ----------★お話 2022年10月12日(水)18時30分~20時頃-------------------------------------------------------- ---------- ★場所 龍国寺     〒819-1626 糸島市二丈波呂474     Tel 092-325-0585  Fax 325-0948     ryukokuji@jyno.ocn.ne.jp   (問合せ・・・才津原 Tel090-5045-2559)     メール:itokazedayori@gmail.com     ブログ「図書館の風」www.kazedayori.jp     (同No.91は、「森崎和江さん 悼詞」) 追記 1.9月10日、西南大学で行われた森崎和江さん追悼のイベントの会場で上野朱さんにお会いした。糸島、龍国寺での  森崎さんの追悼展のことをお伝えしたら、すぐにバッグから数枚の写真をとりだされた。そして松崎佐奈恵さんを紹  介してくださった。さっそくお寺の会場の一画に松崎さん撮影の写真を展示することができた。ーーーーー 2.上野朱さんからのもう一つの思いもよらない贈り物は、『アルテリ』14号(アルテリ編集室発行、橙書店内)を  いただいたことだった。最近の毎日新聞の土曜日の書評欄に新刊の14号に、「石牟礼道子資料保存会」【この会に  は友人で、かつては大牟田市立図書館の職員だった大原俊秀さんが参加して活動している。大原さんは、その  元で共に働いた小柳屯(たむろ)さん(1930―2021・福岡県内の当時の図書会員にとっては福岡県の図書館の活動の  歴史の体現者、実践者とでもいうべき人。大原さんは、小柳さんの『木造図書館の時代・「中小レポート」前後の ことを中心に』と『小柳屯 図書館関係レポート1956∼1995』(いずれも石風社、1999年)お発行に「図  書館問題研究開福岡支部出版委員会編の中心的役割、ほとんど大原さんが編者としての仕事をされたのではないかと  思っている。彼は退職後は三池資料の膨大の資料の整理、出版にも関わっている。】が整理して いる石牟礼さんの  遺品のなかに、森崎さんが石牟礼さんに宛てた書簡類が複数残っていて、ご遺族の了解を得て、2人の交流が伝わって  くる書簡の一部を掲載するというのだ。「風信子(ヒアシンス)文庫)から本の出前をしている前原にあるブックカ  フェ「ノドカフェ」では、熊本の橙書店から本の取り寄せをしていたので、そこから買おうと連絡したところ、現在は  取り扱っていないとのこと。『アルテリ』をおいてある書店は福岡市内でも限られているため、どうしようかと考えて  いたところだったので驚いてしまった。私がまだ14号を入手していないことを伝えると、上野さんは「自分はもう読み  ましたから」と、その大切な一冊をプレゼントしてくださったのだ。14号には森崎さんの書簡の他に「石牟礼道子さん  の日録」、「渡辺京二・日記抄」、渡辺さんと坂口恭平さんの「アルテリ対談」、池澤夏樹、田尻久子、町田康ほか、  目にしたい文章が目白押しで、何とも大切な一冊だと思われた。 3.後日、40年来の友人で写真家で、私が住む二丈のある公民館の写真教室の先生でもある吉住美昭さんから電話があり、  龍国寺での追悼展のご案内をしたら、昔たしか森崎さんの画集の撮影をしたことがあると言う。よくよくお聞きすると、  石風社から1986年(26年前だ!)に出版された『インドの風の中で』(スケッチ・文 ・森崎和江)だった。1977年  12月に、当時50歳の森崎さんが、インド仏蹟めぐりという観光旅行をされた時の短い旅の記録。帯には「インドへの  短い旅行のなかで描かれた22葉のスケッチとインドの風をつたえる」とある。発行者であり、多分、編者でもある  福元満治さんの文だと思われる。ーーーーーー  本書の末尾には「本書に収められたスケッチは全て原寸です。二点(かって栄えた都・ベナレス)を除き、彩色され  たスケッチはからーで、単色のものはモノクロで印刷しました。」とある。ーーー  電話口での吉住さんお言葉、「そう言えば、森崎さんから(写真を撮った)お礼の葉書を頂いていたなぁ、どこにい  ったか、すぐには見つからないけど。」(9月17日、記)

2022年8月31日水曜日

「図書館は人々の共有財産です」〈岸本聡子杉並区長独占告白〉 No.93

ふだん利用している地域の図書館では週刊誌は2誌しかなく月刊誌も少ない。また私の生活圏には本屋さんがないため、 私は週1回は買い出しに出かけるお店(車で10分)や、その帰途たまに立ち寄るコンビニなどで雑誌に目を通している。 8月26日だったか、ある週刊誌を見ていて、思わず、「そうだ」と、その言葉に眼をとめていた。ーー 「図書館は共有財産です。」、  「図書館をどう扱うかは自治体のリトマス試験紙です。」 『サンデー毎日』9月4日号だった。116、117頁、2頁の誌面。大きな縦の見出しで、 「無作為で選んだ市民と対話集会続ける」、また、上段の横書きの中見出しには、 「岸本聡子杉並区長が独占告白」とある。 「公共政策のスペシャリスト」の肩書の右側に本人の写真、それに並んでもう一枚の写真が「公用車を使わず自転車通勤 する姿も話題に」との紹介記事とともに掲載されている。 ーーーーー リードの文章は、こうだ。ーーーーーーー 「6月の東京都杉並区長選で現職の田中良氏を破り、初当選を果たした岸本聡子区長(48)。出馬表明からわずか2か月 で臨んだ選挙戦で勝利を飾った。国政シンクタンクの元研究員が、地方自治で実現したい政治とは何かを聞いた。」ーー 「図書館は人々の共有財産」、「図書館をどう扱うかは自治体のリトマス試験紙」という言葉は、次のような記事のなかで でてくる。ーーーーーーー 「前職(欧州で約20年生活し、国際政策シンクタンクの研究員として各国の公共サービスの実態などを調査)の時は自身の 著書などで「コモン」の大切さを訴えてきた。コモンとは民主的に共有、管理されるべき社会の富だ。水道や鉄道、公園と いった社会的インフラ、報道や教育や病院、自然などの地球全体の環境までをも含んだ意味を持つ。」 「コモンの価値を、区民の日常生活にまで落とし込むことが大事です。 たとえば図書館は人々の共有財産です。具体的な建築物として人が集まる場所であり、知る権利を保障する社会インフラの 役割を持つ。図書館をどう扱うかは自治体のリトマス試験紙です。「パブリック図書館の奇跡」「ニューヨーク公共図書館 エクス・リブリス」などの素晴らしい映画がありますが、そこではスタッフは本の貸し出しだけでなく、講演会やパソコン 講座、就職支援プログラムも行う。そういう知の拠点としての文化的、社会福祉的な役割も担うのです。自治体の多くはこ れまで公的施設を削減するなどコスト重視でした。 でも区立施設や区の職員はコストではなく、杉並の財産なのです。 現在は、全国の自治体で運営の民営化が進むが、「コモン」を守るには公営であるべきだと言う。」 「大切なのは公共施設や公共サービスを杉並区の直営でやることです。民間委託だとお金がどう動き、使われたかがわかり づらい。限られた予算だからこそ大切に、透明性の高いやり方が必要です。」ーーーーーーー 「水道や鉄道、公園といった社会的インフラ、報道や教育や病院、自然などの地球全体の環境」は、人々の共有財産で、 「民主的に共有、管理されるべき社会の富だ」ということ。区(市)立施設や区(市)の職員はコストではなく、杉並( それぞれの市)の財産であるということ。図書館は市民の共有財産であること、まずこのことを心深く刻みたい。ーーー 117頁には「杉並区を民主主義の学校に」との見出しのもとに、岸本氏の政策集「さとこビジョン」が選挙中も区民の声を 反映する形でバージョンアップされてきたことが記されている。「そんな政策を通じて実現したいのが、『杉並区を民主主 義の」学校にする』ことだ」という。「海外で生活する中で、日本の政治に疑問を持つことも多かった。それがこの政策の 根幹になっている」と。「日本人はどうして”政治と生活は繋がりがない”と思いこまされているのかと、常々感じていま した。主権者教育を意図的にせず、国民に主権者であるとの感覚を持たせない、意図的な力が働いているとしか思えない。 その意識がないから投票にもいかないのでしょう。でもそのほうが、為政者にとっては都合がいい。市民と政治の関係性に おいて緊張関係を保つというその不断の努力を、権力側も市民側もしなければいけません。自分が選んだ議員を監視し続け るというのは、市民にとって権利であると同時に責任です。これをやらないと社会も劣化するし、民主主義も劣化してしまう。日本は世界的に見てもジェンダー後進国ですし、不平等がはびこっていますが、その理由はこういったところにあるのです」ーー(記事は鳥海美奈子記者)ーーーーーーーーーーーー 「図書館をどう扱わうかは自治体のリトマス試験紙」〈その自治体・行政の民主化度をはかるものさし〉、私の住む糸島市では、図書館はどう扱われているか、その観点からあらためて見てみよう。 当該雑誌「サンデー毎日」9月4日号を早速買って帰ったのだが、関心ある方はぜひ、図書館などで見ていただきたい。ーー 追記1.新聞の書評に。ーーー  実は「サンデー毎日」9月4日号を手にした1週間前の8月26日(土)の毎日新聞朝刊の書評欄の「話題の本」で、和田静香という人の書評を読み、図書館でまずリクエストをしようと思っていた。『私がつかんだコモンと民主主義』岸本聡子)、本の表紙の写真が載っていて、タイトルの横には、「日本人女性移民、ヨーロッパのNGOで働く」とあった。ーーー 「6月にわずか187票差で現職を破って東京・杉並区長となった岸本聡子さんによる、自身の半生を綴ったエッセイ『私がつかんだコモンと民主主義』(晶文社・1760円)を、夢中になって読んだ」が、書き出しだ。書評では図書館については何も 触れられてはいなかったが、まずはこの本を読んでみたいと思ったのだった。岸本さんのことは、それまでまったく知らず、 杉並区長に当選したばかりということも、本文で初めて知った。ーーー 追記2.そして8月25日、毎日新聞朝刊、1面下段の出版広告の右端の欄に『私がつかんだ・・・』の案内がでていた。 タイトルの上段に「8/20(土)毎日新聞の書評でさらに注目」とあり、タイトルの下には、重版決定 日本人女性移民 ヨーロッパのNGOで働く 杉並区初の女性区長による最新エッセイ! 世界とつながる 希望のポリティクスが ここにあるーーーーーーーーこの案内で2版が出ることを知る。すでに知る人ぞ知るで、かなり話題になっているのだと。ーー 著者の他の本を調べてみると。 1.『安易な民営化のつけはどこに、先進国に広がる再公営化の動き』(イマジン出版 2018.12)ーーー 2.『再公営化という選択:世界の民営化の失敗から学ぶ』岸本聡子編 山本太郎 2019.5ーーーー 3.『日本の水道をどうする!?〈民営化か公共の再生か〉』内田聖子編著 2019.8ーーーーー 4.『水道、再び公営化!欧州・水の闘いから日本が学ぶこと』(集英社新書 2020.3)ーーー 5.『ころな危機と未来の選択パンデミック・格差・気候危機への市民社会の提言』アジア太平洋資料センター編 コモンズ  2021.4ーーーーーーーーーーー 6.『最後の一滴まで/ヨーロッパの隠された水戦争」ヨルゴス・アヴゲロプロス監督。アジア太平洋資料センター 2019 ーーーーーーーーーーー 追記3.「図書館は人々の共有財産です」という言葉を見て、頭に浮かんだこと。2014年、糸島市に隣接する福岡市で起きたことを苦い思いで思いかえす。ーーーーーー 人口150万人を超える九州で最大の都市、福岡市で一番の繁華街は天神地区だ。その天神地区の西隣に大名地区がある。地下鉄 「天神駅」から歩いて10分足らず。大名地区は多数のセレクトショップや路面店、雑居ビルなどが所在する一方、かつてからの住宅地も残っていて、細く入り組んだ道路ともあいまって、天神地区とは異なった雰囲気を持つ。ーーーーー その地区に1987年(明治6年)に創設された大名小学校があったが、開校140周年を経て2014年(平成26)、児童の減少による都心部の小中学校の再編により廃校となった。この地区でのかけがえのない公有地をどうするか、福岡市の動きは素早かったと今にして思う。廃校3年後には「旧大名小学校跡地活用プラン(平成29年3月策定9月改訂)」をふまえ、跡地活用の事業者公募を実施。30年3月、優先交渉権者を決定。当時、新聞記事やテレビのニュースなどで、その動きを知ったとき、私は福岡市民ではないけれど、「図書館砂漠・・・福岡市」と思うしかない福岡市で、市民の図書館に向けてのきっかけ、その論議の端緒ともなればとも思ったのだが。そこで聞こえてきた計画のあらましを知って驚いた。ーーーーーー 「地域活動や災害時の避難場所の役割【カモフラージュの定番の言葉、本音は後段に】国家戦略特区による規制緩和などを活用した新たな空間と雇用を生み出す福岡市の取り組み「天神ビッグバン」の西のゲートを担う場所となる。故安部氏、麻生某氏、現・福岡市長にまっすぐつながる在りよう。一人の市民として、その時思ったのは、「そこは市民みんなの土地、140年にわたり地域みんなの場であった土地」であるのにという思いだった。いったんそれを手放してしまうと、とりかえすことが難しい。お金のことだけではない、街中にあって地域の人たちがホッとする場所、次の世代の人たちにも大切な場となるような、「地域みんなの場所」となるような場づくり、それに向けての市民の関わりを大切にした地域づくりが見えない中で。ーーーーそうして眼前に立ち現われてきたのは。(これから宣伝がなされることだろう⁉) 敷地面積約10,000㎡、建築面積約5,600㎡、延床約90,000㎡。2022年12月竣工(ホテルは来春)をめざし、「オフィス・ホテル棟」(地上25階、高さ111m)「コミュニティ棟」(地上11階、高さ46m)はすでに外観を完成している。 【「オフィスホテル棟」オフィス、3階、5~16階。ーーー  ホテル17階~24 階5,6なされる00㎡、50㎡以上の客室162室(計画では)。 【「コミュニティ棟」1階公民館、老人いこいの家、多目的空間。2階テナント。3階テナント、保育所。4階オフィス。   7~11階レジデンス(19戸)  【その他】 土地の所有者とされる福岡市(ほんとうは市民から委託されたもの)のやり方、その手法をしっかり目に刻むためにも、この事業を担った「大名プロジェクト特定目的会社」5社の名前を記録しておこう。  ・積水ハウス・西日本鉄道・西部ガス・西日本新聞社・福岡商事。    追記4. 2022年9月9日 『井上ひさし発掘エッセイ・セレクション/まるまる徹夜で読み通す]』(岩波書店 2022.7.14)を読んでいたら、著者が 書いた多数の推薦文の中から(この類のものが三百点弱確認)、百点を選んだ「推薦文百選」の章があった。その中に次の 一文があった。岸本さんの言葉とまっすぐ響きあう言葉。ーーーーーーーーーーーー 29 富塚三夫『国鉄再建への時刻表』 文化と文明は、人とモノの移動によって成り立つ。日本人の心を支え、移動をつかさどる大動脈を 国民が共有していることは大事である。国鉄は、公共の論理が尺度なのに、産業の論理だけ で分割してしまうのは疑問だ。                   (1982年10月 かんき出版/帯) 井上ひさしさんの声がきこえる。

2022年7月31日日曜日

うれしい小さな報告 中学校のノー(NO)部活動デー  No.92

糸島市の人口は103,172人(2022年4月)で、市内に市立中学校は6校(分校1,小学校16校)あります。 福岡市の西側に隣接する糸島市は2010年1月1日、前原市(当時の人口69,200人)、二丈町(13,400人)、 志摩町(17,700人)の1市2町の合併により新市となりました。中学校は前原地区に3校、二丈地区に2校、 志摩地区に1校です。(志摩には「姫島分校」もあります)ーーーーーー 私が住んでいる所の中学校は二丈地区の二丈中学校(生徒数225人)ですが、その隣に糸島市図書館二丈 館(以下、二丈館という)があります。これは、合併の翌年、2011年10月1日に、旧二丈町、志摩町の庁 舎の一画を改築して、それぞれ二丈館、糸島市図書館志摩館(以下、志摩館という)として開館したも のです。そのオープンに向けて、志摩の「みんな図書館つくろう会」や「としょかんのたね・二丈」、 「二丈としょかん倶楽部」、「糸島の図書館考える市民の会」などで連携して2008年以来、行政への 要望、議会での質疑を行ってきました。ーーーーー つまり二丈中学校の隣に糸島市の図書館の分館である二丈館ができて12年になるのです。私は二丈館には 開館以来、週に1,2回は利用しています。ほとんどがリクエストした本を借りるためです。あらためて 思うと不思議なことなのですが、そうやって出かけた二丈館で、中学生を見かけることがほとんどなかっ たのです。ーーーー そうしたことに、疑問を抱いた保護者が現れました。驚いたのは、彼は糸島市の図書館の13歳から15歳の (中学生)利用者の小学校区別の人口、登録者数、実利用者数、貸出冊数の3年間にわたる資料を教育委 員会に請求して調べたのです。市内のどの小学校区には何人の中学生が住んでいて、そのうち図書館の 利用カードを作っているのは何人か(登録者数)、また、カードを作った人のうち、実際に本を借りた人 は何人か(実利用者数)、こうして小学校区ごとの「登録率」、実際に利用された「利用率」、さらに 「人口(生徒)1人あたりの(年間)貸出冊数」や「登録者1人あたりの貸出冊数」が明らかになりました。 PTAの役員もしていた彼がとりわけ驚いたのは、中学校のとなりに二丈館がある、二丈中学校の生徒の利用 の甚だしい低さでした。彼はこのことをPTA の人に話すとともに、校長先生と幾度かの話の場をもちました。 中学校では部活動が盛んで学校も積極的にとりくんでいます。そうして生徒の生活を考えてだと思いますが、 1週間に1日だけ部活動をしない日(ノー部活動デー)それをを市内の中学校全校で設けています。糸島市で それを月曜日としてきました。つまり図書館の休館日です。中学生たちが部活動がなく、いつもより早く 帰れる日は図書館は休館日でしまっているのです。ーーーーーー 校長先生との話し合いの結果、「ノー部活動デー」の日を月曜日から水曜日にかえることになりました。 また、部活のある日でも、生徒が事前に保護者に伝えておけば、学校帰りに図書館に立ち寄ることもできる こととなりました。 これはまだ、糸島市内では二丈中学校だけのこととなっていますが、それでもとても意味ある大切な変化では ないかと思います。一人の人の疑問から始まった小さな行動の積み重ねの力を思いました。ーーーーー 夏休み前でしたがこのことがきまって数日後、私が二丈館に出かけたとき、図書館の玄関前に10人近い制服姿 の中学生がいました。男子が2人だったか。思わず声をかけたのですが、10年以上、二丈館を利用してきて初 めて目にする光景でした。やっとというか、なんとかやってきてくれた中学生たちを手ぶらで帰さない図書館 側の取り組みを今やと待ち望む思いです。

2022年6月30日木曜日

森崎和江さん  悼詞    No.91

森崎和江さんが亡くなられた。6月15日、満95歳。6月19日の毎日新聞の朝刊で知りました。 この何年かは、ご連絡できないご様子と思われお便りなどを控えていた。 後日、ご葬儀は近親者で18日に営まれたとのお知らせ、森崎さんがすでに自らのお墓を宗像 市内の霊園に用意しておられ、8月上旬にはそこが森崎さんの安住の地となりますとのお言葉 が心に深く届くお言葉とともに記されていた。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 森崎さんの言葉、ご本に出会ったのは1969年前後、53,4年前のこと、東京で私が大学2,3年 生の頃だ。そして森崎さんと初めてお会いしたのは2002年、京都駅の近くで、あるお寺が主催 した森崎さんの講演会でだった。森崎さんの読者の一人として生きてきて30数年を経てのこと だった。100人くらいの参加者だっただろうか、講演が終わったあと、どなたも演壇に近づいて おられない。思わず知らず私は森崎さんの前に立っていた。そしてとっさに能登川の図書館で の講演をお願いしていた。翌年の2003年4月26日、「子どものいのちに教えられ」と題してお話 をしていただいた。2003年1月1日に発行された『月・人・石ー乾千恵の書の絵本』(乾千恵・ 書、谷川俊太郎・文、川島敏夫・写真/福音館書店、こどものとも562号)の著者、乾千恵さん の「乾千恵・書展 月・人・石」(4月2日~27日)を能登川町立図書館で開催中で、その最終 日の前日のことだった。講演会には乾千恵さん、ご両親の一さん、文子さんも大阪の島本町から 参加された。千恵さんと森崎和江さんとの出会いは私にとって何よりうれしい出来事だった。 会場においていたノートには「いのちひびくあなたの文字とわたしのからだ」と森崎さんの手で 記されていた。いのちとの出会いを求めて歩んでこられた森崎さんの文字を心に刻んだ。 そのご幾度も森崎さんと出会いの時を授かった。その一つ一つの出会いが今も鮮烈に蘇る。その 時々に、以後私にとって、かけがえなき人となる一人ひとりとの出会いを授かっていたことを、 今、改めて思い知る。 森崎和江さんの言葉、そして森崎さんその人から、これまでなんという深い励ましを授かってき たことだろう。森崎さんの声が聴こえる。やさしい笑顔が瞼にうかぶ。 「森崎和江コレクション―ー精神史の旅」全5巻が藤原書店から2008年11月から2009年3月にかけ て発行された。 ーーーーーーー  1 産土 UBUSUNA 〈解説〉姜信子    原郷・朝鮮とわが父母/17歳、九州へ/戦後、新たな旅立ち ーーーーーーーーーーーーーー  2 地熱 CHIねTSU    〈解説〉川村湊    筑豊の温もり――『サークル村」『無名通信』/ヤマと闘争/地の底の声――『奈落の神々』 ーーーーーーーーーーーーー  3 海峡 KAIKYOU     〈解説〉梯久美子    島人が越えた海――与論島・沖縄/からゆきさんが越えた海/海峡の島 ーーーーーーー   4 漂泊 HYOUHAKU    〈解説〉三砂ちづる    海路残照/海の道、山の道 ーーーーーーーーーー  5 回帰 KAIKI      〈解説〉花崎こう平    いのちへの旅/生きつづけるものへ ーーーーーーーーーーーーーー 各巻に月報がつけられているが、2009年1月に配本された第3巻に一文をよせた。 言いつくせぬ感謝の念をこめて。ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー いのちの声に生かされて                   2009.1 初めて森崎和江さんのお名前を眼にしたのは鶴見俊輔さんの文章の中でだった。四十数年前のことだ。 高校卒業後、住み込みで新聞配達のアルバイトを東京葛飾で一年、福岡で一年した後、池袋からの私 鉄沿線の椎名町駅近くの新聞販売所に住み込んで、目白にある大学に通い始めたのは一九六七年四月、 ベトナム戦争と、それと向きあい重なる形で、大学での学生運動が激しさを増そうとしていた時だっ た。ーーー 大学では学部も単位も関係なく面白いと思う講義だけをきいた。単位に関係があっても面白くないと 思った講義は一度、あるいは数度で受講することをやめた。講義で初めてきく本の名前、著者の中か らこれはと思うものを大学図書館のいつか定席となっていた座席で読んだ。本の向こうから幾人もの 人が、私にとって近しい大切な人として立ち現れてきた。ーーー そうした中、私は他の大学にも勝手に講義を聴きに出かけるようになっていた。早稲田大学でのこと だった。教室の外でデモをする学生たちのシュプレヒコールの声やピッピと鳴る笛の音が聞こえる中、 早稲田では珍しく教室が数百人の学生でいっぱいになる講義に出会った。講師は数日前に明らかにな ったばかりの、アメリカ空母イントレピッドからの四人の兵士の脱走について、今、このことの意味 することを考え語らずして抗議の意味はないと、それから何回かの講義時間の中でこのことについて 話された。久野収さんだった。私はそれまで久野さんのことは何も知らなかった。久野さんが私が通 っている大学の哲学科の専任講師であることを知った私は、ゼミ以外のすべての講義をきくことにし た。久野さんの本を読み始めてすぐ、鶴見さんの本を手にすることとなった。鶴見さんの生き方、そ こから発せられる言葉は私の生き方、在りようを深く照らしだすように思われた。私にとって、以後 四十年をこえる著者との出会いだった。ーーー 大学図書館に『思想の科学』のバックナンバーがあることがわかり、創刊号から読み始めた。その何 号であったか、鶴見さんのある文章が目にとまった。鶴見さんが谷川雁さんと会った時、谷川さんか ら聞いたという話。九州には中村きい子、森崎和江、石牟礼道子という三人の優れた書き手がいると いう言葉で、私は初めて森崎さんのお名前を知ったのだった。最初に手にした森崎さんの本が何であ ったか思いだせない。しかし森崎さんの文章から立ち上がってくる声が私の心に染みこむように響い たのだと思う。いのちからいのちへの声、いのちの声としかいう他ないものが私の胸底で鳴り響き、 私の中に生きることにむけての何かを点じてくださったのだと、今にして思う。当時、二十歳前後の 私はぼんやりと、自分の中には根がないと感じ、時折、野垂れ死に志願という言葉が頭をかすめ、い つか日本の外へという思いを生きていた。日本の外に何かがあるわけではないと確信しつつ。ーーー 森崎さんの文章〔コトバ〕、森崎さんの生き方は、そんな私を強く打ったのだと思う。 日本と言うくにへの深い違和を生き、その欠如をこそ自らの生きる足場として思い定め、いのちの 母国を探して歩んでこられた森崎さん、その凛とした、厳しい歩みの中から、溢れるように染みでて、 その声に触れる人をまるごとつつみこむ、その深々とした温かさを思うと言葉を失ってしまう。 まっくらな地の底で後山(あとやま)として生きたおばあさんや、からゆきさんと対するときの森崎 さんの対され方からまっすぐに伝わってくるもの。与論島、沖縄、韓国の声ならぬ声。ほのおの笛音。 大学卒業後、私は何ともいい加減な経緯で千葉県内のある市立図書館で図書館員として働き始めた。 市の公務員として採用されたのだが、二年経ったら辞めるのだと思い定めてのことだった。先に目当 てがあってのことではなかった。階段を上るのではなく、まず降りることから。それは私にとって深 く考えてのことではなく、自然な思いであったが、そんな思いの無意識のどこかに、森崎さんの筑豊 での日々の営みから発せられるいのちの声が響いていたかもしれない。以来、今日まで意識すること なく、その声に生かされてきた自分であったことを今、あらためて思う。ーーー 不思議な縁が連なって、その後、いくつかの図書館で働く場をさずかった。最後の仕事場となった琵 琶湖の畔の小さな図書館では、鶴見さん、森崎さんから、町の内外の人たちと共に、お話をお聞きす る場を授かった。天からの贈り物のような、信じがたい時間だった。 この度の著作集の発行の裏方で上野朱さんが力を尽くされたこと、うれしい限りです。 朱さん、森崎さん、本当にありがとうございました。       (さいつはら・てつひろ/農業) ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 7月、「ノドカフェ」への本の出前では、感謝と追悼のおもいをこめて、主に森崎和江さんのご本と、 森崎さんと縁しある方たちの本を持って行った。私の手元に数冊の本があるが、この期間中には、そ れらも持参したい。また私自身も、ノドカフェの棚を利用する方たちとともに、その棚の本を利用さ せてもらおうと思っている。〔7月3日~8月末まで。2ヶ月間の出前です〕

2022年5月4日水曜日

はつしお としょかん開館 5月5日 No.90

はつしお としょかん 開館 玄海灘に面した糸島市の西の端、JR鹿家駅から歩いて7分、国道202号線沿いにある初潮旅館の一角に “はつしおとしょかん“が5月5日に開館します。絵本をみんなで持ちより、みんなで楽しむシェア図書館。 子どもも大人も楽しめる絵本を、すばらしい海の眺めのもとでお楽しみください。 糸島の図書館の未来を考える会協賛です。 ・5月5日~7日 開館記念の催し色々 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー プログラム 5月5日(木)10時~16時  ・オープニングパフォーマンス   ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー  3日間、風信子(ヒアシンス)文庫は本の出前をしています。 劇団もぐら:ライブペインティング  ・絵本さんぽ(館13時内のいたるところで読み聞かせ。ミツケテネ!  ・ワークショップ    1.フェルト絵本 10:30~12:30    2.Dr.キーダの実験教室13時~  〇マルシェいろいろ;キッチンカー有り。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 5月6日(金)  ・絵本さんぽ(読み聞かせ、いたるところで)サガシテネ!  ・ワークショップ   ・Dr.キーダの実験教室13時~  〇マルシェいろいろ;キッチンカー有り。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 5月7日(土)  ・ワークショップ   1.フェルト絵本10:30~12:30(各3人)   2.いとしま絵本ハーモニー10:30~12:00   3.Dr.キーダの実験教室13時~  ・クローズド・パフォーマンス 13:30~15:30    鹿家バンビハウス&グリーンコート;     鹿家音頭、鹿家小唄 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 3日間、風信子(ヒアシンス)文庫は本の出前をしています。