2025年7月31日木曜日

新木安利さんの『松下竜一の青春』、うれしい書評 No.140

その書評のことは忘れていた。これから1年をめどに資料など諸々の片づけをと 考えていて、ようやくとりかかり始めていたら、ファイルにはさんだ一枚のコピーが でてきた。新木さんの『松下竜一の青春』についての書評、雑誌からのコピーだった。 その書評を紹介したい。   それは『通販生活』No.237、出版は2009年11月で6年前のものだった。見出しをのぞく 本文は870字(15字×29行×2段)で、これはこの雑誌の1頁の5分の2、このあとに、2段の分量 で2冊の本の書評、そしてさいごの1段にその2冊の本の表紙の画像と書評を書いた鈴木耕氏の プロフィールが記されている。 この頁の上段に横書きで、「本のページ 地方出版はお宝の山 最終回」とあり、本文 は縦書き、まず、その大文字の見出しから 松下竜一の生き方を、 理に走らず情に流されず、 静かに優しく辿った評伝。 解説 鈴木耕(編集者) (以下本文より) 断言するけれど、この『松下竜一の青春』は評伝文学の傑作である。このような力と才能を持った 著者が、地方に隠れているなんて驚くしかない。私が松下竜一の古くからのファンである、という バイアスがかかっているとしても、これほど著者と対象人物が渾然一体となって、優しくも切ない 文章に昇華されている評伝は、他に類をみない。 松下竜一は、大分県中津市に生まれその地で生涯を終えた作家である。『豆腐屋の四季』でデビュー し、その後『風成の女たち』『五分の虫、一寸の魂』『砦に拠る』『ルイズ―父に貰いし名は』『狼 煙を見よ』などの名著を世に問い、同時に反原発、冤罪救援、憲法擁護など幅広い市民運動を展開し た、堂々たる反骨の人であった。 著者の新木安利氏は、松下が立ち上げた『草の根通信』の手助けなどで松下の謦咳(けいがい)に接 し、その人柄に魅せられ、松下の死(2004年、67歳)まで彼の伴走をすることとなる。 新木氏は、松下のすべての著作を、どんな小さなものも見逃すことなく、それも同じものを繰り返し 読み込んでいる。その上で松下の思想の根源に迫る。白眉は「暗闇の思想」と「濫訴の幣」である。 「ランソのヘイ」とは何か。民がみだりに訴えあっては社会秩序が乱れるし、庶民が法律になじんで は支配がうまくいかなくなる。ゆえに”みだりに訴えを起こしてはならぬ”という権力側の言葉であ る。 松下はこれを逆手にとる。「ランソの兵」と読み替え、権力も大企業も訴えて訴えぬくことによって、 新しい庶民の世が到来すると看破した。こんな松下の生き方を、理に走らず情に流されず、著者は淡 々と静かに、しかも優しく辿っていく。 この本の特徴は、著者の文章が見事に美しいことである。対象に寄り添いすぎれば文章は甘くなり、 筆は曲がる。地方の文筆家にありがちな郷里を吹聴したいがための誇張や歪曲もない。著者は一人の 同郷人のまことに稀有な生き方を、とても静かな筆致で甦らせた。私は自分の本棚を漁って、もう一 度松下の著作を読み返してみようと思った。
(もう2冊の書評) もう一人、稀有な生き方をした人物の本を紹介しよう。トルストイの翻訳者、研究者として有名な ロシア文学者の北御門(きたみかど)二郎の著書『ある徴兵拒否者の歩み』である。本書は83年に刊行 されたものだが、99年に復刊された。その新版のまえがき「若い人へ」にこうある。 〈もう、今から六十年前になります。すぐる太平洋戦争の折、国をあげて戦争に熱するさなか、私はや むにやまれぬ気持ちで戦争を「否(いや)」といい、「人を殺すくらいなら殺されるほうを選ぼう」と 徴兵を拒否しました。トルストイにめぐり逢ってのことです。きっと軍法会議にかけられて、銃殺刑か しばり首になろうと死を覚悟していた私は、幸か不幸か、狂人として扱われ、生き長らえました。〉 狂人でなければ生きられなかった時代。時代が狂気に満ちていた時代ゆえに、正気の人は狂人として扱 われた。それが戦争というものの本質だったのだろう。 本著は戦前戦中篇と戦後篇に分かれているが、ひたすらにトルストイに寄り添い、反戦と非暴力を唱え 続け、それを自らの生き方として貫いた生涯は、まさに文学者としての凄まじい魂である。04年、91歳 で世を去った。 最後は、無名の人々の切ない眩きである。『手紙が語る戦争』は、どこにでもいた庶民たちがひそやか に綴り、家族や恋人たちに送った手紙を集めたものだ。「女性の日記から学ぶ会」の活動の中で見出さ れた手紙を、「家族のきずな」「兵士たちからの手紙」「遺書」の三章にまとめたもの。 ここには抵抗の叫びも、厭戦の想いも綴られていない。しかしそれだからこそ、普通の人々の心の奥が 垣間見える。書いた本人の若い写真が哀しい。父母へ送った疎開児童の幼い文字が痛ましい。叫びはな いけれど、戦争への怒りが静かにこみ上げてくる。 ●さて、この連載は次号からの誌面刷新のため、今回で終了です。志を探す旅でした。またいつかどこ かでお会いしましょう。では・・・。 鈴木耕 1945年秋田県生まれ。1970年早稲田大学文学部文芸科卒業、出版社に入社。芸能誌、青年誌などを経て、 若者向け週刊誌の編集長、新書編集部部長などを務める。2005年ボランティア・スタッフとして、ウェ ブマガジン「マガジン9条」の立ち上げに参加。2006年出版社を退社。現在、フリー編集者&ライター。 「マガジン9条」の活動を手伝う(本データはこの書籍が刊行された当時に掲載されていたものです。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 鈴木氏は短い字数のなかで、『松下竜一の青春』の核心を伝えている。 本文(287頁)は、1 青春、2 作家宣言、3 環境権、4 いのちきの思想、の4節からなり、これに続いて 「付録」(新木さんが「草の根通信」に投稿した3編1⃣松下さんが倒れた、2⃣正岡子規と松下さん、 3⃣松下さんに感謝、及び「死は涼しい」(『勁き草の根 松下竜一追悼文集』より)が掲載されている。 そして「あとがき」では、1⃣松下さんと僕、2⃣『図録 松下竜一その仕事』所収年譜のこと 松下竜一年譜 作りに携わって、3⃣『松下竜一の青春』について、4⃣「草の根通信」総目次について【この大変な労作につ いては、図書館でリクエストをして手にした。鳥取県立図書館からのものだった) そして、最後の最後に「松下竜一とその時代【年譜】がある。新木さんの松下竜一への想いの深さ、持続的 な取り組みに心打たれる。 なによりも『松下竜一の青春』の面白さに。他日、小さな感想を記したい。

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